ヘアピンは、小さな種と交換して女の子のモノとなりました。
「・・・・うれしい^^」
その後も、みつばちアパートのおみせやさんのまわりで走ったり、スキップしたり。
おみせから離れることは、ありませんでした。
あまり人の入ることのない小さな森でのおみせやさんは、森から出る機会の少ない女の子にヘアピンだけでなく、空気と時間と見えないしあわせまでもプレゼントすることができたのですね。
女の子がきてくれたおかげで、住人さんたちも温かくて嬉しくて、しあわせのおすそ分けをいただきました。
もしかしたら、見えない森の妖精たちからも小さなプレゼントがあったのかもしれませんね。

ハートの模様の入った種を、植えることにしましょうか。。
おはなしは、これでおしまい。
よく見ると、種にハートの模様。。。
「これ、わたしのたからもの。この種とこのお花のピンこうかんしてくれますか?」

住人さんたち、ミーティングがはじまりました。
「どうしよう、こんなこと初めてだよね。。。」
「大事にしてる宝物なんて、いただけないよ。」
「もう、タダであげちゃおうか。。」
「でも、他のお客さんもいるしタダは良くないよ。。。」
「どうするよ〜〜〜〜。」
でもね、この小さな種はただの種ではないのです。
女の子の宝物なんです。
大事にしている思いがギュッとつまっている、どこにもない女の子の種なのです。
ヘアピンと小さな種を交換することにしましょうか。。
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少し肌寒くなってきたので、お店の脇で小さな暖炉に火をつけることにしました。
それにしても、さっきの女の子はどこへ行ったのでしょう。
随分、時間がたったようですが。。。
その間に他のお客さんたちも、ぽつぽつとお店に立ち寄ってくれています。
女の子が、ぱたぱたと走ってきました。
三つ編みにしたおさげ髪もぱたぱたと一緒に走っているかのよう。
「また、来てくれたのね^^」
住人さんが女の子に声をかけました。
「あのね、わたしの大事なたからもの・・・・これ。」
そう言ってぎゅっと握り締めていた小さな手のひらを開いて見せてくれました。
それは、小さな種でした。
大きな1本の木の下で”みつばちアパート”はお店を開いています。
そこへ、小さな女の子がひとりでやってきました。
お店には、かわいいのがいっぱい。。
女の子は目をキラキラとさせながら、ひとつひとつ眺めています。
そして、そっとピンクの薔薇のお花の付いたヘアピンを手にとってみました。
「可愛いよ。とっても似合ってるよ。。」
住人さんの声にますます目を輝かせています。
「ちょっと、待っててね・・・」
女の子は、走ってどこかへ消えてしまいました。。
”みつばちアパート”は、ひだまりと笑顔を求めてブンブンと飛び回るお店やさんです。
ある日、”みつばちアパート”は小さな森でお店やさんをすることになりました。。。
普段は人が来ることのない静かな場所です。
”みつばちアパートの住人さん”たちは、せっせと支度を始め、わくわくしながらお店の番をしていました。
そこへ、やって来たのは一人の女の子でした。。。
つづく・・・・のであります。
「そうだ ぼくは
ゆっくり のんびり おっとりしてる
ぼんやり のそのそ ぐずぐずしてる
でも ばたばたしないで やんわり おちつき
じわっと ゆったり うごかずにいて
じっくり おだやか ふんわり ゆらゆら・・・・・
だから そう
ぼくのなかには <ゆっくり>がいっぱい!
くつろいで しずかに やすらかに
すごすのが すきなんだ
でも なまけてるんじゃないんだよ」
それから ナマケモノくん
あくびして いった
「それが ぼくの やりかたさ
ゆっくり
のんびり
おっとりが
すきなのさ」

エリック・カール さく
くどう なおこ やく
ジェーン・グドール まえがき
ぐずって泣き出したmoeに牛乳を飲ませたあと、朝陽に反射して紅く染まる雲を2人で「キレイだね〜。」と眺めたのは今朝の出来事でした。
「これがわたしの生き方です。」

moeもそう言ってるかのようだわ〜。

「約束」は
限りなく優しく、
限りなく力強く
いつもあなたに寄り添っている
「いのち」と向き合い続ける、
養護学校教諭 かっこちゃん(山元加津子さん)。
子どもの頃から、
どうして色んなことがうまくいくようになっているのか、
知りたくてたまりませんでした。
花はどうして春にいっせいに咲くのだろう、
どうしてさなぎはちゃんと蝶になれるのだろう、
雨はどうしてふるの、
どうしてどうして・・・。
その不思議を追いかけるうち、
すべてのものの奥に、
ある「約束」があるんじゃないかと思いはじめるのでした。
「約束」は私たちをつくり、出会わせる。
私たちは、つながって大きないのちとして明日へ向かって歩いている。
かっこちゃんはその想いを一遍の詩にします。
タイトルは「宇宙の約束」。
般若心経を心訳したその詩は、
私たちが忘れそうになっていた大切なことを思い出させてくれる愛の詩。
かっこちゃんへのインタビューを中心に
「生きるとはなにか」、「死とはなにか」、
宇宙の秘密に迫ります。
(視聴には、Windows media player が必要です)
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先日、嬉しいことがありました。
娘の主治医であるs先生が、娘の養護学校で教師向けに医ケアの講習をする際にmoeの話を取り上げてくださったそうです。
話の終わりに、moeとの出会いの頃をとても嬉しそうに話すs先生。
CTを診るうえではこの子どもさんの限界は限られたものだけど、”療育”を受けるうちに自分より小さい赤ちゃんを見ると嬉しくて声をあげて可愛がろうとするし、表情で気持ちを伝えようとする力は医学の目からははかり知れない可能性を持っているのです。
というおはなし。
後日、診察の時に
「せんせい、ありがとうございました。」
と言うと、
「いやあ〜〜。つい、moeちゃんとの出会いを、熱く語ってしまったよ。ハハハ^^」
すべては一つのところへつながっていて、ただそこに行くまでの道のりが人それぞれ違うだけのこと。
娘を通して、いろんな分野の方からの手が差し伸べられているのを感じました。
感謝。
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山元加津子(かっこちゃん)
養護学校の先生。
子ども達をお友だちとして同じ目線で見て感じてくださるかっこちゃん。
”般若心経”をかっこちゃんのコトバで心訳した”宇宙(そら)の約束”。
「なんでだろう。。どうして?」
と疑問が次々と湧いてきては、ある瞬間に自分なりの答えが出てこられるそうです。
その答えが”宇宙(そら)の約束”となってわたしのところへ、メッセージとして届いてきました。
わたしも、そんな瞬間ってあるよな・・・と思います。

ターシャ・テューダー最後のことば より、
私にとって、ニューイングランドの長い冬は、内省と室内での作業のための穏やかで静かな時間です。
人が、春を青春時代、夏を活力に満ちた大人の時代、秋を落ち葉とともに過ぎゆく年月、そして冬を死の時として、四季の移り変わりと人生の間に類似点を見出そうとするのも一理あると思います。
でも、自然の中では、これは単なるサイクルに過ぎません。
それに冬はいつも再び巡って、新しい生命、春の希望へと向かう季節です。
人類の考え方もそうしたほうが良いのではないでしょうか。

人生を楽しんでる人なら誰でも、来るべき死を喜んで心待ちにはしないものです。
でも、私たちはこの必然を受け入れなければなりません。
遅かれ早かれ、人はみな死を迎えます。
どんなふうに、どこで、それから、いつ?それは誰にもわからないこと。
それでもやはり、私たちは、人生をより良くするために多くのことができるのです。
身体のことでなら、健康に良い食べものをとって、適度な運動をし、適切な体重を維持し、自然でない物質を避け、十分な睡眠をとり、ストレスや危険を避けようと努力することができますね。
もっと大切なのことは、仲間を愛し、家族や友人と仲よく暮らし、優しさと許しを日々実践し、自分の仕事を楽しみ、そして心が満たされる趣味を持ち、親しい人たちと営みを分かちあうことで、幸せな人生を送れるように努力できるということです。
そして、私たちの子どもたちが成功し、素晴らしい人生を送るのを見るという希望も持つことができるのです。
これらは私たち自身の問題なのですよ。
こうした選択をするには、ときには意志の力が必要かもしれません。
また、ときには楽しく愉快な満足をもたらしてくれるかもしれません。
それらをすべて合わせて、こうした選択が、私たちの人生を、特別で素晴らしいものにすることができるのです。
そして同時に、私たちの人生を少しだけ長くすることができるのではないのかしら。
人生の午後を輝いた時間にしたターシャでしたが、道のりはあらゆる困難もあったそうです。
わたしは、まだ人生の午前中を歩いてる最中ですが、成功を固く信じ時間をかけて夢に向かって歩んでいるとそこには輝いたものが待っているのだと教えていただきました。
(注:友人の画像も含みます)










この灰をまいて、畑作ったのを思い出します。
北海道の黒土だったから、すくすく育って毎日が本当に楽しかったです。
あんなゆったりした時間、またいつかすごせるといいな。